ランニングマンで世界一周!ダンス歴25年の集大成ブログ

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【ダンスイップス】僕が20年間ダンスを本気でやった結果!

今回は14歳から始めたダンスを20年以上やり続けてどうなったか?

こんな話をしていこうと思う。

 

あくまでこれは自分の物語。

ダンスに携わってても、もちろん全く違う感覚の人もいるだろう。

 

ダンスを20年以上してきた自分の生い立ち。

そして、どういう心境になり結果どうなったのか?

 

ダンスの出会いからストーリー仕立てで書いてみた。

 

「ダンス」と「自分」の関わり方を深く考えるきっかけになった経験でもある。

 

 

 

ダンスに出会ったあの時

あれは14歳の中2の時。
忘れもしないダンスとの出会い。
姉の一本のビデオテープから始まった。

 

ビデオデッキにセット。
再生

 

ガチャ!

ウィーン。。。

 

そこには自分の知らないダンスの世界があった。

 

それは衝撃だった。
カッコ良すぎた。

 

今思えば、ビデオテープ1本で人生が決まった瞬間。

 

果たして、ダンスをしていなければ、
何をしていたのか。

 

ダンスとはそのぐらい、深く長い付き合いになっていく。

 

そんな同時期にいるものだね。
同じ中学校にもダンスに興味を持つ人間がいた。

といっても全員で5人。

 

当時はダンスに興味を持つ人が本当少なかった時代。

昼休みは廊下に集まり。
放課後は公園に集まり。

その仲間と練習する日々を送ることになる。

この時期からダンス一色になっていく。

 

NO DANCE NO LIFE

 

みたいな感じ。

 

ダンス!ダンス!ダンス!

高校にあがり中学のダンス仲間は全員違う学校になる。
でも、変わらず集まって練習していた。

 

高校でもダンス仲間が2~3人増えた。
その他はスケボー、サーフィン、チーマー(ヤンチャな集団)とかだった。

 

そこから外の活動も増え、深夜のクラブやイベントに足を運ぶようになる。
(当時は未成年でもIDチェックなく入れた!)

 

深夜から朝までクラブ!
帰宅して着替えて学校!
昼寝zzz

 

そんな、ふしだらな高校生活を送りつつ無事卒業した。

進学は全然考えていなく


「ダンスでどう食っていこうか?」


そんな事だけ考えていた。

 

サラリーマンの選択肢も一切無かった。

 

「俺はこっちの世界でやってやる!」

 

朝帰りの駅で、すれ違うサラリーマンを横目にそんな気持ちを抱いていたのだった。

 

ダンスでお仕事

 

高校卒業後、さらに外のダンス環境が広がったが逆にダンスから離れていく人も。

 

中学のダンス仲間が去り。
高校のダンス仲間が去り。

 

そりゃそうだ。
みんな仕事を探さないといけないし、あくまで遊びの延長。
ずっとダンスなんかしてられない。

 

そう、自分をのぞいては。

 

その後、自分は外で知り合った仲間と活動を共にする。
ハングリーで意識高い系ダンサーライフのスタート!

という訳だ。

 

そこからは早かった。
環境・人脈・仲間・時代そして運。
全てが揃っていた時期だと思う。

 

あれよ、あれよとダンスシーンでは有名になり、そうなると仕事の話も来るもの。

 

ダンスでお金がもらえる環境になるし、個人レッスンすれば人が集まる。
そんな状態がしばらく続いた。

 

ダンス恐怖症

しかし、
そんな絶頂期もずっとは続かなかった。
自分の中でメンタルに異変が起きる。

 

ダンスが楽しくない。

 

というか怖い。

 

仕事も広がり、外から見れば羨ましい環境だったと思う。
その代償だろうか。
今まで感じなかったプレッシャーが生まれてきたのだ。

そう、楽しい時期は過ぎ去っていた。

 

間違えてはいけない。

 

プロとして当たり前の

「振りを間違えてはいけない」

という感情が大きくなっていた。

 

当時ダンスの軸となっていた仕事がある。

それは、

 

日本テレビ系列

「THE夜もヒッパレ!」

THE夜もヒッパレ - Wikipedia

 

である。

自分の活動していたユニットは番組最終回までの約6年レギュラー出演させてもらっていた。

 

この他にも仕事はあったのだけど、この仕事が最もメンタル発症したきっかけと言ってもいい。

ある意味人前で踊りすぎて慣れを通り越して、投げたブーメランが自分に刺さってる状態で過ごしていた。

 

ブーメラン

 

そのメンタル発症していく話をしよう。

 

夜もヒッパレとは毎週大勢のタレントや芸能人が出演していた。

当時のトップテンランキングの楽曲をカバーライブする音楽バラエティー番組。

 

毎週収録があり年末や24時間テレビの時期には生放送もあった。

 

クラブのショータイムなどもこなしつつテレビの仕事をしていた。

そんなのはプロである以上普通だし、むしろありがたい事なのだがテレビの仕事でダンサーとしてのメンタルが崩れつつあった。


それは日に日に増大していく。

それもそのはず、自分はもともと振り覚えが悪いのだ。

 

自分で考えた振りさえもメンバーの方が先に覚えたり。

瞬発的に身体に入らないで頭で考えちゃう。

クラブでワイワイしてた時期はそんなのは全然気にしなかった。


時間をかければ大丈夫だけど、メジャーな仕事は展開が早いしミスをしないのが当たり前の世界。

よく俳優でも舞台は怖いというけど、これは長ゼリフや撮り直しができないライブ感からだろう。

その気持ち「よーくわかるよ」


アンダーグラウンド(クラブなど)ではミスをしてもキャラ的な誤魔化しが可能だった。
しかし、メジャーの仕事ではNG。
ダンサーのミスは撮り直しをしない。

むしろ間違えることが想定されていない。

 

なのでミスをするダンサーは、

仕事ができない奴!

となる。


編集ではカットされる。
生放送ではカメラを切り替えられる。

危ない奴と思われてカメラのスイッチングを避けられる可能性もある。

 

プロはミスできない!

 

考えれば考えるほど不安になる。

それを払拭するにはひたすら練習するしかない。

どんな練習してもまだ足りない、まだ足りない。

寝てても頭に曲が流れて振りを確認している。
昨日あれだけ練習したから大丈夫!と思っても本番では間違ってしまう。

 

初心者かよ!

 

とツッコミを入れたくなるほどだ。

もう病気だ、これは。

 

治したい!

 

この状態を打破すべく、深夜の公園で毎回必死に練習。
どうしたら体に振付が入るのか?覚える方法を模索していた。

その当時実践していた練習法を書いたので参考になれば。

 

www.shintaka-blog.com

 

 

ところで、イップスを知っているだろうか?

スポーツのメンタル病。


当たり前の事が突然出来なくなる。
野球だとストライクどころか暴投を連続してしまうなど。

イップス (yips)とは...精神的な原因などでスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りのプレー(動き)や意識が出来なくなる症状。本来はゴルフの分野の言葉だが、現在はスポーツ全般で使われる。

 

 

あれ、なんか覚えあるぞ。。。

 

オレやん!

 

プロとして当たり前ができない。

自分はこの病を知った時に、おもわず心で叫んだ。

 

ダンスにもイップスがある!?

ダンスが楽しくない。
カメラ。撮影が。人の目が。

 

怖い

 

でも、人前ではカッコつけて踊る。

そんな心のギャップと矛盾を抱えながらダンス恐怖症になっていたのだ。

 

ダンスさよなら

 

自分はダンサーなのか?
仕事にしてていいのか?
人に教えてもいいのか?

 

「飛べない豚は、ただの豚だ」

by 紅の豚

 

 こんなセリフがあったが、

「踊れないダンサーは...」

こんな感じ。

 

そんな葛藤もありつつダラダラ仕事は続けた。
それが原因かは分からないが、次第にユニット活動は低迷そして解散へ。

大きなダンスライフが幕を閉じた瞬間である。

 

14歳から15年は経ったか。

ここで一区切りだな。。。

 

そんな気持ちを抱きつつ、解散後も1人でダンス活動は継続したのだがメンタルはやられ徐々に仕事を減らしていった。

 

そして最後には、

 

ダンス自体が嫌いになり、ダンサーとしての幕を降ろしたのであった。


ダンスを離れて


ダンスから遠ざかり数年が経った。

 

離れて何をしてたのか?

なんだと思うだろうか?

 

なんと、社会人である。

 

朝帰りに横目でディスっていた、あのサラリーマンライフ!

オフィスワークである。

 

メールの初めに○○様?知るか!
御社?弊社?どっちやねん!
ワードの網掛けどうやるん!
エクセルの表すら出せないですけど!
パワポ?パワームーブなら知ってる!

 

そんな状態。

その状況でも、自分の仕事選びではバカみたいな条件(希望)があった。
それが、

 

スーツを着ない
髪型自由
ヒゲOK

 

バイト探しかよ!

パリピ上等!

みたいな感じ。


条件を付けるほどの能力もないのに完全にナメてた。

この勝手な条件と、自分の経験を式にすると業種は....

 

条件経験エンタメ

 

こんな式になる。

というか自分にはダンスしかなかったので限りなく選択肢が狭かった。

その中でIT系も挑戦したのだが、自分の能力では厳しかった。。。

 

ゼロから新しい事にトライする事も考えたが、自然とエンタメ系に惹かれていた。

そして何社か経て最後のエンタメ系ベンチャー企業に落ち着いていた。


そこは一番経験が生かせる環境で長かったのだけど、残念なことに会社は幕を閉じてしまったのだ。

 

はい、そうですね。
自分もそこで

 

「ザ・無職」

 

しかも30も半ば。

 

ダンス熱もない。
仕事もない。
金もない。

 

ないの3連単。

でも、
五体満足で幸せじゃん!(あほズラ)

みたいな相田みつおモードで乗り切っていた。

 

この時期は、自分の中でメッチャこじらせていた時期。
世にゆうバーンアウトだった。

「バーンアウト」とは...「バーンアウトシンドローム」(燃え尽き症候群)。心身のエネルギーが尽き果てた状態を指す表現。 それまでひとつのことに没頭していた人が、心身の極度の疲労によって、まるで燃え尽きたかのように意欲を失い、社会に適応できなくなってしまうこと。


テレビでのダンス関連の企画や歌番組も観るのも嫌になり、この時期から全くテレビに興味がなくなって観なくなる。

 

ダンスで活躍してる人を見たり聞いたりすると腹が立つ

 

20代は人生にとっても社会人としても色々吸収する大事な時期だ。

この時期に何を学び経験したのか?

これで人生が変わる可能性すらある。

その全てを「ダンス」に取り組んできたプライドと情熱が物凄い硬い


「見えざる鎖」


となっていた。

その鎖を自ら断つ葛藤を自分はしていたのだ。

この鎖は20年分錆びついていたのか、なかなか断つことが出来なかった。

 

そんな月日は流れ、バーンアウトも落ち着いてきたころ、

 

「もう悩んでも仕方がない。」

 

と仕事探しを始める。

でもなーんか乗らない。


自分は一体何がしたいのか?
何が出来るんだ?


そう考え込んでいると、やはりアレに戻る。

そうダンスだ。

鎖は切れていなかった。

 

ダンスよただいま

  • スキルを売る方が単価も時間効率も良い
  • ダンスを絶ってリスタートが不利すぎる
  • ダンス自体が嫌いになった訳ではない

 

結果、ダンスをした方が早いわ!
と、ダンスの世界に戻るきっかけになった。

しかし1つ気付いたこともある。

それは、

 

自分はアーティスト向きではない

 

ということ。

悲しいかな事実である。

 

そもそもアーティストはこんな悩みは抱えない。

アーティストの悩みはもっとクリエイティブな悩みだ。

 

「振付を間違える」などの悩みでは仕事にならない。

自分はダンサーとしては凡人なんだ。

と改めて自覚できた出来事だった。

 

このブログを書いているのもその理由からだ。

ダンサーであるならガンガン踊って動画発信している方が早いし分かりやすい。

でも自分はその選択を外している。

スキルより知識と経験を発信する方を選んだ。

そのおかげで自分が出来ることに集中できている。

 

これを読んでいるキミも1つの気付きから、よりシンプルな人生を見つけるきっかけになるかもしれない。

 

「やれること」「やれないこと」のね。

 

話を戻し、気になるあのダンスイップスはどうしたんだと。

結果、少し改善していた。

 

では、なぜイップスは改善したのか?

それは、

 

ダンスを離れた事で気持ちに余裕ができた。

 

これが大きいかもしれない。
自分の能力、プライドなど全部を見つめ直せたのが要因である。


当時の自分は変なプライドで自身を追い込んでいた。
リミッターパンパン状態だったんだなと。

 

イップス的なメンタルはスポーツだけではないと思う。

家庭・会社・学校

どこでもあるだろう。

 

そんな悩みがある人は、一回環境を変えて離れる事で楽になるかもしれない。

いっそ日本を出て違う価値観に触れるのも良い。

 

自分にとってダンス以外の仕事経験は「自信」になった。
逆にダンスだけなら「後悔」してたと思う。

 

自分の可能性を引き出すのも信じるのも自分次第だね。


では最後に一言。

 

挑戦したいことはやっておこう!
やってから考えればいいじゃん!
  

イップスは治る!

イップスは治る!

 

 

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